使命と名前が重なるまで②
皆様、お待たせいたしました!!
前回のお話の続きです。
またまたスランプの小説家状態に陥っており、めちゃくちゃ遅くなりました
あれからお客さまや友人に感想をいただくことが増え、腱鞘炎の心配もたくさんしていただきました。
ありがとうございます!
今のところものすごく悪くなっている、というよりは安定した状態です!
が無理は禁物ということで、気をつけながらケアして生活しています。^^
引き続き、ご協力いただけると助かります♡
ブログの続きを待っていた方がいてくださって、嬉しい限りです!
しかしながら、、いろんなことが次々に起こりすぎてまとめるのが難しく、、
かなり時間を要しながら少しづつ書き溜めていますので、ご了承いただけると幸いです。
読んでいただき、ありがとうございます!
さて、今回のお話は私の「前世」について。
ちょっとスピリチュアルな内容になりますので、、
感覚的に信じられない方も中にはいらっしゃるかもですが
これはあくまで私の個人的な体験や感覚、内容ですので
正しいかどうか、エビデンスは?とかそういう視点からではなく
こんなこともあるんだな〜という感じで読んでもらえたら幸いです。^^
私の以前の前世トークを聞いたことがない方は
以前出産の時にブログ内でお話ししたことがあるんですが、私の前世の記憶を綴った回があるんです。
覚えていらっしゃるでしょうか、、?
わからない方、初めましての方はぜひこちらから↓
https://myself-beauty.com/mind/前回の続き%E3%80%80トラウマ解消のお話%E3%80%802.html
実はこの時は、私の前世について2人だけが強く蘇ってきた記憶でした。
その2人について当時の記憶で詳しく書いてます。
しかしながら今回のお話は、それよりもさらに深い内容へと進化を遂げることになるのでした、、、。
それと、ここに書いている内容は去年から今年にかけての出来事を総まとめして描いたものになりますので、時系列がバラバラだったり、思い出したところから書いたりしています。
そこは全体で見るとそういう流れなんだ、とだけ解釈してもらえると嬉しいです。^_^
では、本編始まります。
(また語り口調が別人に変わりますのでご了承ください)
私の中の「前世」と「人格」そして「記憶」。
すこし突拍子もないところから始めることになるが、、
今世の「私」と言う「肉体の記憶」も含めて言うと
わたしは覚えている限りで「5回分の人生の記憶」がある。
4人の「前世」。
そして現在の「わたし」。
そして「魂」そのもの。
合わせると今のところ、6人が脳内にいるということ。
(人と言う単位でいいのかすら迷うが、、)
その感覚が以前にも増して強くなった。
始終、6人で脳内会議をしていた。
厳密にいうと「魂」は
「スピリットという概念」なので、
「人間」としての記憶ではなく
全体のガイド的な立ち位置なので
「人間の人生の記憶」には含めてはいないのだが、、。
立場としては存在している、という状態である。
前置きとして、
魂、肉体、
そして私たちが『自分』だと思っているものは自我と呼ばれる「思考」なのだ。
魂と肉体と自我は実はそれぞれ、別のものなのだ。
だからここに、スピリットという概念がある。
魂は赴くままにやりたいことをしようとし、
自我はそれを止めるブレーキの役割を持つ。
(危険回避能力)
そしてそれを叶えるのが肉体である。
だからこそ、この3つが三位一体となって動くことが理想なのだ。
しかし、肉体はケアをしない限り老いて朽ち果てていく。
限られた命の灯火の中で何を成し遂げるのか。
魂はいつもそこに向き合っている。
ただし自我はその限りではないのだ。
アクセルとブレーキ、どちらを踏むのか。
ましてや両方を同時に踏むとガソリンだけが浪費されてどこにもいけないのだ。
だから自分の意志を確認する必要がある。
三位一体ができているかを見る必要があるのだ。
ただし、肉体というものは潜在意識によって動かされるものなのである。
そのため自分の潜在意識がどんな概念をもっているのか、私はそれを調べる必要があった。
それを調べるうちに前世との繋がりを紐解くことになったというわけだ。
それが始まったのは前回の、サキちゃんとの再会以降。
私が使命と向き合う時に欠かせなかったのが、その前世の記憶だった。
ふとそれを思い出し、ノートに書いてみた。
私の魂が求めるものは何なのか?と、思ったからだ。
私は以前、お客様との会話の中で魂とのやりとりを言語化するために
魂にニックネームのようなものをつけて説明したことがあった。
魂という言葉よりも、自分の中のもう一人の自分として、愛称をつけると意識化しやすいからだ。
魂、スピリットとは、、普段意識することなく考えない存在だと思う。
しかし、スピリットをわかりやすく解釈すると
「直感」という言葉に置き換えることができる。
自分では思ってもいないのに何か降りてくる言葉やイメージ。
行動するべき衝動など。それらは全てスピリット(魂)から来ている。
もし自分の魂が何かやりたいことを訴えているとしたら、、
それと会話をしなくてはいけない、と。
なのでその会話の中で
「私の魂は何という名前なんだろう?」
と自問自答したことが一度だけあったのだ。
その時に出てきた、というか降りてきた、聞こえてきた声が
「サリー」だった。
「え?サリー?」
どっから出てきたんだ?と少し訝しんでいた。
しかし、怪しんでみたところで私には説明のつかない領域なので、据え置くことにした。
「そうか、サリーっていうのか、、、」
魂=スピリットネーム=サリー。
そこで再び疑問が。
魂がサリーなら、私の前世のあの二人はなんていう名前なんだろう??
その時初めてそう思ったのだ。なぜなら私はこれまで彼らを「職業」で呼んでいたからだ。
戦国武将、花魁。
名前があると考えてもいなかった。
だってそれも私の一部だと思っていたからだ。
気になったこともなかった。
ブラウン管の中の登場人物、という客観的な捉え方だった。
でも今回、その「2人の名前」も判明することになる。
ここで少し私の幼少期の頃と前世の関わりを書いていく。
まず、1番記憶が強いのは、武将の男性。
私は、おそらくずっとこの武将なる人物の「人格」で生きてきていた体感がある。
だたそれは大人になってからわかってきたとことで、幼少期や学生時代は
何もわからないまま過ごしていた。
後から答え合わせのようにわかってきたことを綴っていく。
「わたし」の中に存在しない女性性を埋めるために、
圧倒的な男性脳を持つこの武将の人格が採用されたんだと思われる。
言い換えると「AYA=戦国武将の人格」だったのかもしれない。

私の美容師としてのハサミという商売道具も、刀や槍、数々の刃物を扱う戦国武将なら
当然うまく使えたはずだと理解している。
そしてそこと対になる
私の本名である「綾子」という存在。
(これまであまりお客様にも教えたことがないのだけれど、私は本名が綾子という名前なのです。)
少し昔話をすると、生まれ育ったのが長崎県、小学校6年まではおそらく武将の記憶で生きていた。
小学校の頃はよく落武者の夢を見ていた。(悪夢)
富山の金さん、水戸黄門、暴れん坊将軍が私のマイベストTVだった。(笑)
なんでそんな番組が好きなのか自分でも不思議だった。
マクドナルドのハンバーガーよりも、
ミートスパゲッティよりも
一汁三菜、味噌汁と漬物が好きだった。
クッキーよりも熱いお茶と和菓子が好みだった。
(小学生にしてはかなり渋すぎるチョイスだと思う。)
そして近所の子供たちを集め、遊びや勉強、課外授業のように引率者として外に連れ出したりいろんな事を教えるリーダーシップがあったことは覚えている。
妹と遊びに行く時は、自転車の後ろに妹を乗せ、私は歩いてその自転車を引き、目的地までずっと歩き続けた記憶もある。
習字を習い始めたのは幼稚園生。
真面目に通い続け、小学6年生になる時、私は硬筆と毛筆ともに五段になっていた。
父親が家に帰ってくる際、三つ指をついて迎えていた記憶すらある。
武士精神があったからでは?と思うエピソードばかりだった。
そこから父の転勤で沖縄に移住することになり、、美男美女がたくさんいるこの沖縄で打ちのめされた。
圧倒的な顔面偏差値。
高すぎる、、。
九州地方の両親から生まれた私は薄い顔をしていたからだ。
長崎の地元でも、皆んなほぼ一重で薄い顔ばかりだったため、気にしたことがなかった。
ホリの深いぱっちり二重で目鼻立ちの美しい造形美をもつ沖縄の美男美女たちを見て、、
私は深く落ち込んだ。
だからなのか?
中学1年から高校3年までは、なぜか、綾子だった。
そこから引っ込み思案な性格、そして本を読み、絵を描き、美術部に入り
小説や漫画を読み漁る。内向的な性格に拍車がかかった。
この時好きになったのが数少ない友達が教えてくれた宝塚だった。
自己表現はできないものの、、華やかな世界でキラキラした人たちが表現をし続ける姿に深く感動した。
それは私も表舞台へ立ちたい!という憧れの始まりだだったかもしれない。
そうして環境が変わり、初めて行った美容室でカットしてもらった時
綺麗になればこんな私でも自信がつく!と鏡を見て思った。
セットが楽しくなり、身支度をする時間がどんどん増え、それに伴って積極性が出てきたのだ。
美容師になると決めたのがこの時だった。
知識やできることが増えていけば、私も救われるし、そのパワーでこういう同じ悩みの人の力になったり、
知識で助けてあげたりできるんじゃないかと思ったのだ。
かなり内向的な綾子だったが、その内向的な性格ゆえに、中一から美容師を目指し始め
美容学校に通うために高校に進学。
そして美容師になるための美容学校に通い始めた時から、人格が変わり始める。
美容師になってもずっと、私の中を武将が支配していた。
本来の私、綾子は引っ込み思案で大人しく、地味、、。
派手なことに憧れるけどできないと二の足を踏む。今で言う陰キャな存在。
戦国武将のリーダーシップとは全く違うけれど、孤高の存在でありながらどうしても頂点に立ちたい、
野望はある。負けず嫌い。そのために陰ながら日々努力するという根性の女性だった。
そして元ネクラ出身の陰キャな
「女が上手くいかない私」のベースは、
もう1人の前世の人格である「花魁」の影響だった。
花魁は華やかに見える職業かもしれない、技術はたくさん持っていた。
でも裏側では常に闇を抱え、自分を奮い立たせ、我慢と努力の上に成り立っていた人格。
サキちゃんの言う、「女性性」とはかけ離れていた感覚で生きていた、女性。

女性という性を呪いつつ、上手く活かせず我慢と努力の上に這い上がる向上心だけはあった。
でも涙を飲むことが多かった記憶だ。
この時もわたしは、うまく人生を、そして女を生きられていなかった。
私は常にこの2人の人格と、綾子を行き来していた気がする。
本来の綾子の私はどちらかと言うと花魁の性格の影響をうけていたのだけれど、、
こと美容の仕事に関してはなぜか、戦国武将が私の脳内を占める結果になっていた。
やはりビジネスというのもある種の「戦場」という捉え方だったのかもしれない。
成り上がる、名を馳せるための行動、実力で黙らせるための血の滲むような努力。
根底にそんな底力があったのは感じていた。
ただ花魁も上にのし上がる、という意味では武将と同じだった。
トップに登り詰める。
なぜならその時の彼女は、花魁の最高位の「太夫」にまで成り上がったのだから。
血の滲むような努力で一番上を目指す。
この前世の二人はそこが共通していた。
だからこそ、スタートが過酷な状況だったのかもしれない。
そしてわたしも、平均6年と言われる美容師のアシスタント時代を僅か一年で終了し、
10年選手の先輩方と肩を並べて、しのぎを削る荒波に乗り出したのは21歳の時だった。
アシスタントの一年間は誰よりも早くきて練習し、誰よりも遅く帰る。
家にはシャワーを浴びに帰るだけ。
着替えを持って1時間もたたずに再び車に乗る。
朝方まで練習に練習を重ねて、約2時間ほどお店のシャンプー台かソファで横になり
みんなが出勤する前にまた練習してそのまま仕事をする。そんな生活だった。
誰よりも早くスタイリスト(技術者)になる、それ以外なかった。
切ったマネキンの髪は数知れず、闘志に燃えていたあの頃。
そして、技術だけ手に入れてもお客様を掴むことができなければ成績を上げ続けることはできない。
新人の私が技術以外に磨けるものは何だろう?どうしたら1番になれるんだろう?
と、考えに考えた末、私は「接客」を何よりも重要視した。
プロである以上、技術があるのは当たり前のことなのだ。
それ以外に、私でなくてはダメだと言ってもらえる要素が必要だ。
そうして私は受け答え、マナー、立ち振る舞いや、話し方、言葉選び、
お客様が悩んでいることに対して常に勉強した。
休日は当たり前にように美容から自己啓発のセミナーに行きまくった。
自己啓発本を読み漁り、マインドセットについても勉強した。
どう答えや提案を返すのか、寄り添ってほしいと願う方に、どうすればこちらを信頼してもらえるのか。
ただ髪を切るだけではダメだと思った。
そうやって「接客」を担当していたのがおそらく、私の中の花魁なのだ。
会話術、引き出し方、相手の気持ちに寄り添うこと。
私が接客勉強と、自己啓発を深く学んでいくうちにその才能が開花されたのだと思う。
その情熱とやる気のおかげでわたしは、2年もしないうちに10年選手の先輩を押し退けて
グループ内でもトップの成績を争うようになったのだ。
今のようにSNSやネットが何もなかった頃。
連絡手段はハガキとガラケーのメアド、名刺だけが私の武器だった。

沖縄パリコレ。モデルのさっちゃんと。
そうやって尖った頃にスタイリストデビューし、周囲を抑える実力をつけて24歳で店長に就任。
1日に何十人もカットをしながら、深夜までアシスタントの練習に付き合う日々だった。
(今思えば完全にブラック企業の働き方だったと思う。)
そこから元のお店のやり方と考えが合わなくなり、歪みが生じた頃
自分のサロンを持ちたいと思い始め、
27歳の頃に上京。
その修行を経て、30歳の頃に沖縄帰ってきて、そこから
31歳で自分の店を持つという現在の土台が出来上がるわけだけれど、、。
本来の引っ込み思案な「綾子」単体では、正直ここまでできなかったと思う。
おそらくこの世界では、武将の人格に、花魁の接客技術にとても助けられていた。
ただし、彼らが全てを担っていたというよりもあくまで「記憶」が助けてくれて、
体の使い方や努力の仕方、向上心が途切れないように手助けしてくれていた。
勉強や修行をしなければ、おそらくそれらの力は発揮されなかった。
オリンピックの選手やアスリートでも毎日凄まじい精神力と集中力で練習を重ねている。
たとえ記憶があっても「本体」が動かなければ、何も何遂げることはできない。
それと同じだ。
おそらく私が向かっていた「美容の道を極める」という点に、
この前世たちがトップを目指す協力してくれたという形なのだろう。
そうやって自分のサロンをもって早15年。
その間に、これまでうまく生きられなかった自分の経験から、何十年もかけて「自分軸」を見つけ
私はマスターへと覚醒した。
自分の人生は自分を大切にするために生きると気づいたのだ。
そこからは穏やかに生きてきたつもりだった。
だけどここで、、
わたしの「美容師人生」が脅かされることになってしまった。
腱鞘炎がひどくなった時、私は今後どうなるんだろうと思うことに、、、。
私は今後どう生きたいんだろう?
私が美容以外での道を見つけようとすると、これまで手助けしてくれていたこの前世たちや彼らの人格、
私に影響を与えていたものが、もしかしたら根底から覆されるかもしれないのだ、、。
それは私にとって大事件だった。
これまで守られていたものが音をたてて崩れていく気がした、、。
ああ、わたしはこれから「自分で」生きていかないといけないのだ。
前世たちの記憶からも解き放たれて、「本当の自分で本当の生き方をする次元」に来てしまった、、
と言う感覚があった。
なぜだかわからない。でも、何かが手から離れていくような気がしたのだ。
できれば、わたしはそれを見ないでいたかったのかもしれない、、。
だってなんの手も借りずに、自分の意思で生きていくというのなら、なぜ?
なぜ私は前世の記憶を待ち合わせているのだろう?
それも意味がわからない、、。
なぜこのタイミングで全部押し寄せてくるんだ?!
、、、そんな気分だった。
私を取り巻く環境が全て、「ゼロからのスタート」を示している気がしたのだ。
じゃあわたしが今世、女性としての体で、この記憶を持って、美容師として生きてきた過去を手放して
これから使命を全うして生きていくとしたら、、
一体何をすればいいんだろう?!
どういう意味で、何を私にさせようとしているんだろう?
主軸になるのは一体誰なんだ!?
そんな考えが腱鞘炎をきっかけに、毎日私の脳内に浮かぶ事になる、、。
戦国武将と花魁の声が聞こえてくる。
自分以外の意識が頭の中に響く。
明らかに私の思考ではないもの、違和感があるもの。
それはあの出産の直前に思い出した記憶の中の、前世の声だった。
あれ?
この人たちって「わたし」なのかな?それとも「分身」ってこと、、?
今までは客観的に見ていただけのはずが
一体化しているのか分離しているのか、私なのか違うのか分からなくなった。
だとしたら、、、だれが誰なんだろう。
この人たちの名前はなんて言うんだろう?
と、そのとき初めて思ったのだ。
脳内会議をするとき、「武将」とか「花魁」と呼んでいたのだけれど
綾子自身との会話なのか、武将なのか?ややこしくなることがあり
ふと、この人たちの名前ってなんだろう?と思ったのだ。
そうすると頭の中に浮かんできたのは
キヨ、キク。
それだけだった。
え?どっちが誰なんだろう?
そもそも「本当の私」って何?
この2人に支えられて生きてきたの?
本当の私はどれ?魂? 私は何をすればいいの?
わからない、、。
そんな自問自答を毎日繰り返した。
そこでわたしはまず、キヨとキクを、調べ始めた。
戦国武将で、キヨかキクという名前。
もし当てはまるものがあるのなら、絞れるだろうと検索していたら、、
何と、、、、!!
加藤清正
という名前がヒットした!

調べ始めた去年の9月
あ、、多分この人だ。
ただちなみにわたしは歴女とかでもなく!その分野には全く明るくない。
だからその人物がどんなことをしたとか、背景も含めてまるで予備知識がない状態。
ただ名前の響きと前世の記憶を辿ると、おそらくこの人だろうな、という繋がりだった。
そしてもう1人のキクを、調べてみると
花魁というのはそもそも数が限られている。
名前の知られた花魁ならば、歴史に刻まれているはずだと思った。
そこで出てきたのが「玉菊」だった。
驚く事に名前の断片しかなかったのに、2人とも実在していたのだ!


芸に通じている、三味線、、、そういえば沖縄にきてからすぐ、さんしんを習ったっけ。
そういえば私の中にあるイメージやヴィジョンは着物を着て髪にかんざしをたくさん刺しているイメージばかりだ。

美容学生の時に描いた絵

これ21歳のころ、初めて撮影した写真。
こちらは25歳くらいに撮影したもの。⬇︎

なぜか和のもの、、。
そういえば玉菊にまつわるエピソードで
玉菊灯籠、(たまぎくとうろう)というものがある。
確か100年以上続いているとか。


ああ、そうなのか、、と記憶の一途が繋がっていく。
玉菊は文献によると、25歳で酒の飲み過ぎで死んだとされている。
(歴史上のことなので何が真実かは確かめようもないのだが)
それを見た時、私は
「だから今世で私はお酒が飲めなくなったのか!」と腑に落ちた。
私はお酒がからっきし体質に合わないらしく、23歳の時にお酒を一切やめたのだ。
二十歳から三年間。飲んでみて私には合わないものだと知った。
記憶を無くす、すぐ寝る、少ししか飲まないのに次の日恐ろしい二日酔い。だからやめた。
でもそれは警告だったのかもしれないと、今では思う。
前世で浴びるように飲んだはずのお酒。
現世で飲めなくなったのは、おそらくそれが死ぬと分かっていたからだ、、。
そしてもうひとつ。
その強迫観念とも言える「死」への恐怖。
私の中の武将、清正の記憶では
「横になって熟睡」した記憶がなかった。
私は現世で、重度の睡眠障害のようなものを抱えていたのだ。
朝の5時か6時、明るくなってからでないと眠ることができなかった。
そしてそこから約3〜4時間寝る。
朝の10時過ぎに目覚める。
だから早朝のスケジュールや約束をほとんど出来ないでいた。
朝の6時なら、寝ない方がマシだった。
寝れなくて徹夜したり、作業に没頭して睡眠2時間なんてザラだった。
たまの休みに数時間まとめて眠ることができても、ショートスリーパーのような眠り方を
もう何十年も変えることができなかった。
そういえばいつから私はこんな眠り方になったんだろう?と初めて自問自答した時
この「観念」を思い出したのだ。
「寝たら死ぬ」
えええ??
衝撃だった、、。
おそらく美容師になるときに清正の思想に偏っていたからだと思われるが
「寝たら死ぬ」とおそらく本気で思っていた。
心底、信じていた。
しかし私は長い間それに気づかなかったのだ!
睡眠障害、という名前をつけて、単にそういう特徴なのだと思い込んでいた。
私はショートスリーパーなのだと。
そもそも戦国時代に夜に寝るということは「隙」であり、それは死に直結するからだ。
木に寄りかかって仮眠をとっていた記憶がある。
この観念を持っていて、、
寝れるはずがないのだ。
それに気づいた時、私はこの観念と向き合った。
「今は戦国時代ではない、私は私を殺さない。」
その日の夜、、
なんと実に23年ぶりに夜の23時に寝ることができた!
朝の7時まで、、
一度も目が覚めなかったのだ!!
私は震えた。
あの観念があったせいで、何も知らない私は何十年も寝ることができなかったのか、、。
ただ横になって熟睡するというその行為が、私にはできなかったのだ。
しかしその観念を壊して以来、日付を超える前に寝れるようになったし、
早朝に起きることもすんなりできるようになった。
前世の記憶の断片が、こんなにも自分に影響を与えていたとは思わなかったのだ。
いかに固定観念とはこんなにも強固なのだろうか。
だから私は、そこから潜在意識と前世との関わり、そして固定観念のブロックを外すことを模索し始めたのだ!
もちろん、コンサルにその要素を入れながらデバックしている。
潜在意識に刻まれたデータは、もしかしたら
今世の自分が描いたものではないかもれないということ。
それは前世の記憶がある私だからこそ疑問に思うことなのだと、、。
それをどうにか活かせることがあるのではないか?
そういう片鱗見えてきた。
もちろん時代とか、歴史的背景とか、この清正と玉菊の2人のつながりなんてものは、わたしには全くわからないのだけれど。
もしかしたらみんなの中に眠っている
『前世のクセ』は現世にこうして影響を与えているのではないか?と思う。
とにかくわたしの魂の記憶としてこの2人の人格がトレースされていて、
今世生まれた私に知識と教養、人格のかけら、、
考え方に至るまでの思考回路を分け合って担っていたようである。
キヨとキクという、新しい前世の記憶、輪郭がここにきて少しずつ見え始めていた。
正直それまでは、ただ武将とか花魁だという感覚があっただけで
そこまで自分と一体化させるつもりもなければ、バラバラな、、
いわゆる「二重人格的に」彼らと付き合ってきたつもりだった。
何十年も自覚はないまま、単にそういう性質なのだと割り切って、まぁ、それも私の中の一部なんだろうなというくらいに客観視していた。
でもここにきて、私の中の思考回路が
「これを分離させろ」と言ってきた気がしたのだ。
分離!?これを?
でもどうすればいいのか、、
わからない、、!!
この記憶がこれで本当に合ってるのかも証明のしようもない。
わたしはどうすればいいんだろう、、。
私は毎夜、頭を抱えていた。
なぜ離れなければいけないのかも、私にはわからなかった。
そんな時、私にある一通のメールが届く。
全く知らない人からのメールだった。
わたしのブログを読んでくれたというその人は
わたしが以前に書いていた記事を読んでくれたようで、数年前に書いたものだった。
そのなかでわたしは龍に入れ込んでいる時期があり、竜雲を見たり、神社にいったりと
とにかくパワースポットやスピリチュアルを感じながら生きていたとき。
そのときわたしは竜の卵をもらう「龍繋ぎ」という儀式を
とあるヒーラーさんに頼んだことがあったのだ。
そのヒーラーさんの名前と、その人を紹介して欲しいという内容だった。
そこでわたしは数年前の記憶を遡る事になる。
その人に言われて過去記事を調べていると、、
なんと!!
それと全く違う方向でびっくりする事件が起きたのだ!!
実際には、その人が教えて欲しいと言ったヒーラーさんを見つけて、
ホームページなども調べて教えることができたのだが、
ただそれだけではなくて、私がその頃書いていたブログにびっくりする名前が刻まれていたのだ。
なんと!!
わたしが以前行った神社などを紹介していたときに訪れたパワースポットに!!!
「加藤清正」の名が刻まれていたのだ!!

えっ?!
清正???
清正の泉???
びっくりするぐらいわたしは覚えていなかった(笑)
そのパワースポットに行ったことは覚えていても、
そこに行った事も加藤清正が作ったものだとか、人物名までは覚えていなかったのに
まるで裏付けを取るかのように、そこに「加藤清正」、と書かれていた。
わたしの文章で、、、。

その泉にお参りしてるわたし。
こんなことある?!と、自分の目を疑ったほどだ。
つい数日前に「加藤清正」っていうワードが出たばかり、、
答え合わせかのようにここで繋がる?!
いやはやシナリオとはなんでこんなに完璧なんだろう、、。
ということは玉菊も言わずもがな、だろう。
しかもその記事が今から7年前のもの。
わたしのバイオリズムにちょうど差し掛かるタイミング。
ああ、やっぱり逃れられないのか、、。
そこで私は母になんとなく
「加藤清正ってしってる?」と聞いてみた。
すると母が
「ああ!熊本の!」と言った。
え?!
熊本って、、
わたしの父の故郷だ。
え?ルーツってここから始まってる?!
思えば父も亭主関白で融通が聞かない頑固親父。男尊女卑が強く根付いている地域。
なんとなくでも通ずる背景の感覚は、たしかにあった。
でものちに知ったことだが、
実は母親の方の実家の方が「武士」の家系だったのだ。
そして家族全員が「和」の職業に就いている。
母は和裁師、叔父は植木職人、盆栽も扱っていた。
祖父は和の建築家でもあり障子の張り替えなども行う職人だった。
熊本の父方の家計は武士ではなかったものの
時代背景、思考回路、土地、私の中のピースが埋まっていく感覚だけはあったのだ。
熊本のキーワードが出て驚いてきた私。
えっ、もしかしてこんなふうに前世の人物の名前がわかったら私のルーツ暴かれていくのか?
ふとそんなふうに思った。
そこでわたしは残りの2人の前世の名前を、探し始める事にしたのだ。
前世の彼らの名前を探す旅。
とある日、わたしは懇意にしてもらっている美容室に自分の髪をお願いしに行っていた。
そのサロンで施術中の合間になんとなくノートを書いていたら、、
「あーあのお医者さんの名前なんだったかな?」
と言う思いが湧いてきた。
前世の4人のうちの1人はヨーロッパあたりに住んでいた男性医師?
ということだけがわかっていて、あとは薄ぼんやりしていた。
そういえば、、、この人もお医者さんだし花魁も夜の仕事だし
戦国武将は寝ないし、、、私の前世みんな寝ていないタイプの生き方をしていないか?!
あの時の私の体質のベース、この夜型の前世たちの感覚じゃないか?!
一体誰なんだ!
と、その疑問が湧いたとき
ロイ
と声が聞こえた気がしたのだ。
えっ?
ロイ?
そうなんだ、、とその名前を書き留めた。

そういえば私、、、
リニューアルしたサロンの中をイギリスの家具で埋め尽くしていた。
当初はフランスの家具を買うつもりだったのに!
なぜか買って行ったら全部イギリスだった、、




なんでイギリスなんだろう?と不思議だった。
でも、ユニオンジャックが小さい頃から好きだったな。
バドワイザーお酒も飲めないのにめちゃくちゃ好きだったな、デザインが。
Tシャツ持ってたなぁ、、。
ユニオンジャックといえば
あれ?私の車ユニオンジャック背負ってなかった?
ペースマンという車。

ペースマンの意味は
先駆者。
先を駆ける者、、。

今はもう別の車に買い替えたけど、もしかしてこれがロイだったのかな?
と調べると、、
ロイも結局は実在の人物だった!!

患者の視点から「狂気の歴史」を描く、、、
なかなかにぶっ飛んでいる。
しかも、、、

パラダイムシフトを起こした「先駆者」?!
ここで1つ先駆者の、伏線回収。
ロイは医者だったわけではなく、「医学史家」だった。
そして、精神医学史。
生涯に100冊以上も著作を執筆、、、。
(いやかなりのオタクでは?!)
もしかして私が幼稚園の頃から本を読みまくって、学生時代は図書館に入り浸って
伝記や小説、いろんな本を読みまくっていたのも?!ロイの影響?
本を書くぐらいだから文章はもちろんのこと、この狂気じみた執筆の膨大な量といい、、

患者の声に耳を傾ける、、。
これって言い方は違うけど、本質は私と同じ視点じゃないか?!
私の研究没頭型、執筆、自分ではなく相手視点、など
もしかして「綾子のベース」の根底にあったのはロイ?!
と思えるくらい、私の資質の丸かぶりなものが出てきたのだ。
だとすれば合点がいく、、。
私が本を読みまくるのも、文章を書くのが好きなのも、、、
ロイだ。
私はそう思った。
そして、もうひとつの記憶。
これは私とサキちゃんの共通した記憶なのだけれど
インドの貴族かお姫様?か、何からしい、、記憶。
ここでわたしとサキちゃんは「一つの魂として生きていた記憶」を共有している。
さきちゃんがインドに旅行に行った時に写真を見せてもらった時にそれは起こった。

この写真を見た時、
「私、、インドに住んでた記憶あるかも、、」と覚醒し始めたのだ。
するとさきちゃんも、私もその記憶ある、、、と話していた。
その記憶の会話がお互いに噛み合った事から、私たちはツインレイだとわかった。
その時のインドのお貴族?姫様の名前なんだろ?と思っていた時
シーラ、シェイラ
という単語が出た。
んん?
シェイラ?シーラ?
そしてヤショーダラ?
そんな感じの単語がいくつか出てきたので
しらべてみたところ、、
これも驚く事に
サンスクリット語で「戒律」=シーラ
というものが出てきた!!
そんな単語あるのか?!という感じだった。
そしてヤショーダラ?ってなんだろうと思ったら、、
なんと、、、
かの有名な『ブッダ』の奥様の名前だったのだ、、、!!!
えええ!!!
いやもうなんか怖すぎる、、!!
なにこれ!?やめてくれ!
髪の毛を触ってもらいながらも脳内会議はパニックを極めていた。
全然頭の処理が追いつかない。
ひとまずここは一旦落ち着こう。
ふう、、、。
そういえばインドっぽい写真も撮ったことあったな、、

この時、首にゴールドのネックレス??のようなものをたくさん付けてる気がしてたのは
この時のイメージだったのか、、?
そういえば、さきちゃんの後ろに写っていた建物、タージマハル?
この建物、、見覚えある気がするけどこの建物というよりは場所のイメージだったのか、、
一体なんだろう??
サキちゃんに聞いてみる。


- Screenshot
Screenshot

Screenshot
なんだろう。
ヤショーダラとタージマハールなにかあるのかな?
と思ってチャッピーにきいてみたら、、

え!ネパール確定?!
どうなってるんだろう。
すると、そのタイミングで
ロフトで私の大好きなロルバーンが!!
タージマハルの柄のノート出していたのだ!

うそでしょ?!
びっくりしすぎて声にならなかった。
そんな事ある?!
もはや理解が追いつかなかった。
自宅に帰り、私はまたそのノートに視線を落としていた。
サンスクリット語か、、。
なんかサンスクリット語って、聞き覚えのある響きだな、、?
そういえばわたしの魂ネーム、、、
サリー だったな。
当時それがわかった時のことを思い出すと、、
わたしは咄嗟に「え!イヤです!」と思っていた。
(なんだかわからないけど魔法使いのサリーちゃんを思い出した。)
いや、否定するってことは、、もう確定なんだ。
これ以上暴くのが怖いというか、確信に繋がるのが怖くて否定してるんだ。
でももうわかったよ。
腹括る。
サリーね、と。
そんな会話を脳内でしていた。
そういえばサリーにはなんか意味があるのかな?
調べたら、、
これまたサリーもサンスクリット語だった!!!!
え?サリーってもしかして、、あのサリー?
インドの伝統衣装の、、。


え?!わたしとサキちゃんが身に纏っていたあの服?!
てことはやっぱりわたしとサキちゃんはひとつで!
やっぱりあの時インドにいたんだー!
ゾゾゾゾゾってなりました。
はぁ、、。
情報過多が、すぎる。
その時思い出したのは、、、
私が以前インスタでアバターを作った時のこと。
表には出していなくて、なんとなく作ったことがあったのだけれど
そのアバターがこれだった。

、、、、。
裏付けかのように私はその衣装を選択していた。
かなり前に作ったアバターだったのに。
なぜそれを選択したのかも分かっていなかったのに。
しかも
サリーっていう魂ネームは
サンスクリット語で「細長い布」という意味だった。
織物、布。
わたしの本名の名前の「綾」
これも「織物」という意味がある。
糸を紡いでいく。
これって、、魂ネームと本来のわたしは細い糸で次元と国境を超えて繋がっていて
一つの物語を紡ぐように織りなしていた、ってことか、、。
その織物がわたしとサキちゃんを繋げて、一つの魂にしていた。
そしてそれはサリーという「魂」だった。
なるほど、、。
そうなんだ。
ヤショーダラー
ブッダにも通じる人物。
シーラという戒律。
逃れられない運命。
ブッダの教えが何か関わってる?
わからない。けれど神のお導きという意味としか思えない。
ブッダの教え、、、。
そうか、、と覚醒に近い実感があった。
そんな事を考えていたその日
実は、、なんとブッダの誕生日である花祭りの日だったのだ、、!!
Screenshot

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ネットニュースでそれが流れてきた時驚愕した。

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その時私が思い出したのが、、
「天井天下唯我独尊」
だった。
ヤンキーの言葉みたいに語られてる節があるけど、、本当は
天の上にも天の下にも侵されない自分が唯一の存在である、という意味もあり
自分一人だけが偉い、とかそういう威張る意味なのでは全くなく!
あなた、私という存在は何よりも大切で、
唯一無二の存在であるということ。
そしてこの我という字は「人間」を指す。
生まれてきたことだけが尊いのではなくて
我々人間のみになし得る、人生においてたったひとつの尊い使命、目的があって
人間に生まれてきたんだ、という意味である。
その人生の目的を果たすために、尊い命を授かっている、ということなのだ。
結局ブッダを介することで、
自分の使命に向き合うんだ、ということまで
念を押されてしまったのだ、、。
とまぁこんな感じで、、
国も文化もまるでちがうのだけれど
私の前世たちの記憶が集合してきた。
そして私の使命を念押ししてきたのだ。
ただ日本という国は
今世の私含めて、3回目なのでよっぽど思い入れがあったのだろう。
着物を着ている記憶があるし、花魁の衣装なんかまさにそれなんだけど、、
私の母。和裁師、、着物を作る人。
祖父は建築と障子を張る専門家だったらしいし、叔父は植木職人。
母が着物を作る職人、、。
まさにその時代の背景を背負ってる感があるというか彷彿とさせるというか。
それを選んでわたしは生まれてきたんだなと思った。
一見関係なさそうなことでも全てが繋がっている。
だからこそ、そのこの前世の記憶がある意味も、
わたしの今世での使命も、向き合わなければいけない。
私はそう思った。
前世と歴史上の答え合わせをしていて感じたのは、、、
書いてあることがドンピシャでハマることもあれば、なんか違うとなることもある。
しかしながらそこで気づいたのは、私が持っていたのはあくまでも記憶の「データ」なのだ。
新しい肉体に入ったとき、その思考からデータの書き換えや認知が変わることもあるんだと思われる。
同じ人間のシナリオを読んでも、どの場面からの角度で見ているかで全く違う物語になることもある。
あくまで最初の設定、スペックがデータとして存在していて
歴史上のシナリオと「自分」が組み合わさったとき、進み方が変わった記憶になることもあるんだと思う。

(これはその当時にメモしていたノート)
よく漫画である「異世界転生」のように
ある日違う人物の体に入ってしまって、シナリオとスペックが決まったまま
現時点で決まっている「破滅ルート」を前にどう進んでいくかを考える、という感じである。
おそらく一度体験したなら、「回避ルート」を模索するはずだ。
だが自分の中に強固な「固定観念」が存在していれば、シナリオを大きく変えることは難しいだろう。
そこをどう回避してシナリオを書き換えるのか。
それができた時のデータと、できなくて同じ運命を辿るバージョンが存在しているのかもしれないと思った。
パラレルの世界観からいうと、どのルートも同じ空間に同時に存在していて
その瞬間瞬間に、どのルートに行くかを決断しなければならないのだ。
その選択によって記憶おもデータも変わるという私個人の感想である。
実際に清正と玉菊は
私が覚えていた記憶の中で生まれた時代が逆になっていた。
私の中では玉菊が先で、その後戦国武将だった。
でも歴史上では清正の時代が先で、玉菊が数百年後だったのだ!
だからこのパラレルの説が私の中で有力になった。
全ては同時に存在している。過去、現在、未来が。
だからこそこの瞬間に何を選んで決断するかで未来はいかようにも変わっていくのだ。
次回③に続く













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